1月6日火曜日。曇りのち雨。どんより暗いけれど、久しぶりに暖かい朝でした。何と朝6時から12℃!。日中は15℃まで。
今日のクリニックは午前中は相変わらずの大混雑でしたが、午後からは少し落ち着いていました。午後から雨が激しくなったからでしょうか。
夜は今年初めての大和市医師会理事会。お正月期間の休日夜間急患診療所の凄まじい状況が報告されました。今季はインフルエンザの流行が例年より早かったため連日300人越えだったそうで、大晦日にいたっては375人!。因みに前年は238人。いや~、お疲れ様でした~。
さて、今日は正月の長崎行きの続き。2日目の1月3日土曜日は晴れ。前日2日に長崎入りして駅近くのホテルに宿泊。駅前から路面電車に乗って「大浦海岸通り」で下車。
近くの波止場から軍艦島行きの船が出ます。う~ん、意外に小さい!?。
出航は10時半。下の写真は戦艦武蔵も建造されたという三菱重工長崎造船所。
建造中の豪華客船の姿も。
長崎らしい立派な教会を眺めながら・・・。
長崎港を出ると途端にチョッと苦手な“うねり”が・・・。それでも40分ほどで軍艦島沖合に到達しました。
船はまず船着き場の反対側に回って、西側の沖合から眺めさせてくれます。こちら側から見る島影は、正に右側を舳先に進む“軍艦”に見えます。
ここ2日はシケで欠航だったので、今日が今年の初上陸!。
元来ここは炭鉱の島。狭い島で坑道、貯炭場を外海から守るように高層アパートが林立。ピーク時には約5200人の方が暮らしていたそうです。下の写真は小中学校。
病院、商店街、パチンコ屋さん、さらには映画館まであったそうです。
当時の東京の約9倍もの人口密度を誇っていたそうですが、炭鉱の閉山に伴って昭和49年には全島民が退去して無人島に。
明治時代の岸壁、大正時代の鉄筋コンクリートのアパートなど、貴重な近代産業遺産が廃墟と化していました。世界遺産に登録されるかどうかは、今年の6月に結果が出るそうです。
立ち入れるのは島内のごく一部のみでしたが、1時間ほど異空間に滞在して、13時過ぎにはもとの波止場へ戻って来ました。
その後は徒歩で長崎観光の定番、大浦天主堂(中は撮影出来ません)や・・・。
グラバー園、オランダ坂、中華街を巡り・・・。
路面電車で長崎駅へ戻りました。
まだ少々時間があったので、駅近くの丘の上にある日本二十六聖人殉教地・記念館へ。貴重な資料がたくさんありました。
朝からフルに動いて結構疲れました。
長くなって来たので続きはまた後日~。
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